お知らせ
葬儀に対する単位の変化
私の知る範囲での話ですが、生まれた田舎(一宮市萩原町)では、葬儀を出すことになると、村を三分割した地域ごとに「お手伝いを一軒当たり2人は行く」・「お手伝いは無いが参列をする」・「参列は自分で判断してする」となっていて、葬儀を出す家がある地域の人は「お手伝いをする」ことが当然であり、お互い様の意識があったと思います。 つまり、葬儀は住んでいる地域の人にとって助け合いをするべきであり、遺族だけで行うなどは有り得なかったという事です。
葬儀は地域が助け合ってする時代は、私が高校生くらいまでは当然でしたが、新しく来られた人が増えてきて、葬儀社による葬儀専用式場が近くに建てられてからは自宅で葬儀をする人は減っていき、葬儀式場に地域の人はお手伝いには行くけれど、自宅の葬儀と違って片付けや掃除、炊き出しなどはする必要が無い(遺族が葬儀社に頼んでお金で済ませている)ので、受付に17・8人もウロウロとしているような状態でした。
そして、実家のある田舎にも「家族葬」で葬儀を行い・葬儀後にお知らせをする形が殆どになってきました。 現在では、地域の方のお手伝いは形式的に聞いて確認するだけで、頼まれることも無くなっているそうです。 そして葬儀への参列も「家族葬で行いますのでご遠慮いただきます」となっているようです。 そして近くにある新興住宅や集合住宅の方は直葬・同居人だけの家族葬など、更に小規模化した葬儀をされているそうです。
地域(地縁)から、親族(血縁)になって、現在は生活を一緒にしている人が葬儀を出す時代になって、いずれは個人単位で葬儀になるかもしれないと想像してしまいます。 寂しい気持ちはありますが、時代に合わせて葬儀は変わるものですから、また新しい形の葬儀が生まれて選ばれるかもしれません。